高田公園の春の観桜会。
毎年のように訪れている上越のその場所で、何気なく撮影した一本の動画がありました。
そこに映っていたのは、西福島でクレープ屋を営む「ぱるふぇ」さんご夫婦。

店主の社長さんと奥さま、並んで立つおふたりの姿はその場の空気を和ませてくれようなあたたかさがあり、そのお人柄も人気のひとつ。
ぱるふぇをお目当てに毎年お花見に訪れる方も多く、かくいう私もそのひとりです。
その動画の投稿から数年が経ったある日…一通のメッセージが届きました。

送り主は上越市にお住まいの方で、ぱるふぇの店主さんとご縁のある方でした。
観桜会の話をきっかけに私の投稿を見せたところ、偶然、2023年に投稿していた観桜会の動画が映し出され、店主さんと一緒にご覧になったそうです。

そのとき、初めて知りました。
動画に映っていた奥さまが、昨年亡くなられていたということを。
「写真はたくさんあるけれど、動画がなくて」
そう言いながら、店主さんが涙を流されていたこと。
その場にいた方の言葉を通して伝わってきたその光景に、胸が詰まりました。

微力ながらも手元に残っていた動画をお送りすると、
後日、店主さんご本人やご家族、ご友人の方々にも共有していただけたとご連絡をいただきました。
ちょうどその日は、店主さんが六十年ぶりに再会した同級生たちと過ごしていた日だったそうです。
遠方から訪れたご友人とともに、奥さまの遺品を分け合うという、特別な時間。

その場で動画や写真を見ながら、皆で涙を流したと聞きました。
「家内は写真が嫌いだったから、自然な姿が残っていて嬉しかった」
そう話されていたことも教えていただきました。
悲しみの涙ではなく、嬉しさや懐かしさが込み上げてくるような時間だったと。
ただ何気なく残していた一瞬が、
誰かにとってはかけがえのない記憶になることがある。

この出来事を通して、記録することの意味を改めて考えさせられました。
あのときの観桜会の空気、
おふたりが並んでいた時間、
交わされていたであろう何気ない会話。
動画の中には、確かにそれらが残っていました。

そしてその記憶は、時間を越えて、誰かの元へ届いていく。
今回の出来事は、偶然だったのかもしれません。
けれど、あまりにも重なるタイミングに、必然のようなものも感じています。

もしかしたら、私の動画に行きついたのは
「奥さまからのメッセージだったのかもしれない。」
そんなお言葉もいただきました。
もしそうだとしたら、
私はほんの少し、奥様と旦那さんをつなぐ
橋渡しをさせて頂けたのかもしれません。

これからも、ただの記録ではなく、
誰かの心にそっと残るような瞬間を大切にしていきたいと思います。

